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最終回です。

二十四節気、雑節、七十二候を時計を「時」「分」「秒」に読みかえて、1年という季節の周期を読むという考え方をしてきました。

時計は、今を知るためにあります。

正確に今の季節を知ることが難しかった時代、天気予報などがなかった時代に、二十四節気、雑節、七十二候の内容は、今の日長、温度、雨や霜の情報、つまり作物の生理と密接に関わる情報と自然現象をある程度の幅はあるものの示していました。


逆に言えば、農業をする上で、重要な要素はこれらの情報に集約されるのかもしれません。

日長にあった種を蒔きなさい。

温度はチェックしなさいよ。

雨の状況を確認して種を蒔きなさいよ。

霜に当たらないように気をつけて。

日々の自然の変化を見逃さないように。

・・・

ビニールハウスもなければ、農薬も化学肥料もない時代に野菜をちゃんと収穫するにはどうするか。

旬なものを旬な時期に栽培しなければならなかったでしょう。

つまり旧暦は、農業において旬の野菜を旬の時期にキッチリ栽培するための基準として使うんですね。

旧暦が過去のものとなりこれらの基準が忘れられ、農薬や化学肥料を使うようになり、旬ではない時期の野菜もどうにかこうにか作れるようになり、現代の農業は、基本の部分がだんだん疎かになっているのではないでしょうか。


旧暦は、基本の基本をもう一度大切にして、季節に合った美味しい旬の野菜の作り方を教えてくれているように思うのです。